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「七月三日の朧月」


依存されている自覚がある。
端から見れば僕が彼に依存していると思うのだろう。 
いや、依存されているというのは正しくない。
依存されているだけではなく、僕も彼に依存しているのだ。
依存されていることに依存していると言うべきか。
日常生活に頓着しない僕を、彼が仕方ないといった顔で何くれと面倒を見ている素振りをしているが、彼がそこに自分の存在意義を見出だしていることを知っている。
僕はそれを知りながらそうされることを望んでいるのだ。
彼に依存されるのはとても心地が良い。
僕の存在が寄る辺ない彼のただ一つのよすがとなっているのだろう。
敵を斬ることにしか自分の存在価値を見出だせないという彼が、唯一それ以外に見付けたもの。
それが僕だ。
きっとそれは他の誰でも良いのかもしれない。
しかし彼は求められることだけを望んでいるわけではない。
だからこそ、僕なのだろう。
同郷の刀であることや、元の主の関係性が影響していることのは少なからずあるのだろうがそれは些末なことだ。
僕達は互いに依存し合うことで補完されている。
何て危うい絆だろうか。
まるで、縒れていない、繭から引き出された一本の絹糸のようだ。
何かの拍子にぷつんと簡単に切れてしまいそうでいて、そう簡単には切れることがない。
けれど紡がれた糸でも無い。
そんな一本の絹糸。
それが、僕と彼だ。


その日だけはどうしても独りではいられないのだろう。
寝静まった夜半過ぎ、まるで泣き出す寸前のような顔をして彼は僕の部屋へとやって来る。
この日は夜風も無く、少し寝苦しい程に暑い夜だった。
何も言わず、ただ音もなく障子を開け、朧の月明かりを背に立ち尽くす姿は、頑是無い子供のようでどうにも頼り無い。
痩せぎすの体がより一層細く見えて手を差し伸べずにはいられなかった。
僕の熱を求めて自ら来ておきながら、最後の一歩が踏み出せないのはいつものことだ。
月明かりを浴びたまま、半刻ほどそこに立ち尽くしているのを知っている。
気配に気付いて僕が目覚めるのを待っているのだ。
いや、本当は僕が眠りについていないことなど端から知っているのだろう。
それでも彼は、僕が『目覚める』ことを待っているのだ。
まるで何かの儀式のようだと思う。
そうして、
「……眠れないのかい?」
ようよう目が覚めた風を装ってそう声をかけると漸く、彼の心が決まるのだ。
「先生……」
いつになく弱々しく、消え入りそうな声で僕を呼ぶその声の何と心地の良いことか。
半刻も待たされて持て余した熱を感じるその声は、平時の彼からは考えられないほどに濡れて色を帯びている。
何処か甘えたその声に呼ばれただけで、下腹部が熱く滾るほどだ。
いつもは翳りのある赤い瞳が潤んで僕を見つめている。
そこにははっきりと欲情の色が浮かんでいた。
それから、
「おいで」
手を差し伸べてそう一言声をかければもう、後は箍が外れたように彼は僕にすがり付いて来るだけだ。
そこが彼にとっての境界線なのだろうか。
骨が浮いた裸足で一歩敷居を踏み越えた途端、彼は内に秘めていた欲望を露にする。
それが目に映るものだとすれば、夜空に向かって燃え盛る焔のようだろう。
色気も何も無い痩せぎすの体をした口の悪い少年が、まるで女郎のように欲情を駆られる存在へと変貌する様は圧巻だ。
酒と色に溺れて身を滅ぼしたという元の主の性(さが)を継いでいるようにも思える。
尤も、彼が求めるのは女ではなく、『女』になることだ。
眠れない夜を刀を振るって過ごそうとでもしていたのだろうか。
羽織こそ纏っていないが、いつもの鉤裂きだらけの長袖と股引、薄汚れた着物を尻端折りにして身に付けている。
この日はいつもこうだ。
浴びるほどに酒を呑むか、肉体的な疲労を得る為に腕が上がらなくなるほどに刀を振るう。
持て余した熱はそれでも発散出来なかったのか、朧の月明かりにも薄い胸が上下するのが分かる程に彼の呼吸が上がっている。
「……んな格好で暑くねぇのか」
寝間着を着て肌掛けを掛けたまま上半身を起こした僕を見下ろす彼の額には、うっすらと汗が浮いていた。
「君の方が暑そうだよ」
そう言って彼の細い手首を掴み、そっと引き寄せる。
何処にそんな力があるのか、脇差とは言え重い刀身を振るうとはとても思えない骨が浮いた手首は簡単に捻り潰せてしまいそうだ。
引かれるままに細い脚で僕を跨ぐようにすると、そのまま彼はゆっくりと腰を下ろした。
まるで見せつけるかのように細い脚を開き、太腿ではなく、既に兆している下腹の上に尻を乗せる。
あわいに硬く勃ち上がった性器が当たった。
露骨に腰を捻り、その感触を確かめると、彼は卑猥な笑みを浮かべた口元を歪める。
「……あんたのここはもっと熱そうだ」
わざと下卑た誘いを口にするあたり、自虐的だ。
元の主のせいか、雑に扱われることに慣れているというのが口癖のようだが、こんな時もそれは変わらないらしい。
寧ろ、そう扱われることで自らの存在価値を見出だしているのだから質が悪い。
自虐的で露悪趣味。
実に難儀な性格だ。
いっそ不憫に思えるほどだ。
そしてそんな彼を受け入れる僕も大概だと思う。
こんなことでしか甘えられない彼をただ優しく抱き締めてあげたいと思いながらもそうすることが出来ず、己の欲に溺れることに抗えない。
何てことはない。
ただひたすらにそんな彼が愛しいのだ。
愛しいが故に、もっと苦しめたくなる。
束縛して苦しんで苦しんで苦しんで、僕だけに依存して欲しいと切に願う。
破綻しているとも言える歪んだこの想いは、儚くも朧だ。

糸のように垂れ下がる白い包帯を手繰り寄せ、指先に絡ませて首の包帯をそっとほどく。
他の誰にもあまり見せたがらないこの傷を、僕には躊躇うことなく晒すことも心地よい優越感に浸らせる理由の一つだ。
僕の腹にある傷もまた、彼だけのものだ。
露になった傷痕には無数の赤い蚯蚓腫れが出来て、ところどころ血が滲んでいた。
また掻きむしったのだろう。
だらりと肘を膝にかけたその指先の爪の間が赤く染まっている。
月明かりに浮かぶその様は酷く痛々しい。
僕の腹の傷もそうだが、不思議なことに体に刻まれた傷痕が疼くことが度々ある。
顕現した時には既にあり、手入をしても消えない傷。
それを受けた記憶など無いのに思い出したように時折疼くその感覚は、何度経験しても不可思議でしかない。
それは元の主の打ち首の痕か、それとも尊王志士の暗殺の際に物打ちから折れたという刀の痕か。
刀工の逸話が元になっているという僕からすれば、後者であることを望みたい。
その傷痕は、彼と僕を繋ぐ唯一のものだ。
他の誰も知り得ない彼と僕の絆。
「血が出ているよ」
白く細い首に浮き上がる傷痕の肉塊と、そこに重なる赤い蚯蚓腫れをそっと指先で辿ると、彼の腰が僅かに揺れた。
より一層潤んで濡れた瞳がまるで血のような鮮やかな赤に変わる。
そんな瞳を見つめながら、そのまま両の手の指を回す。
指で作った輪が余るほどの細く華奢な首は、いとも簡単に手折れ、容易く縊れてしまいそうだ。
「……ぐぅっ」
僅かに力を込めるだけで、彼の喉が苦しげに鳴った。
呼吸を封じられた彼の薄い胸が不規則に大きく上下する。
あと少し、この手に力を込めれば。
あと少し。
そうすれば彼の全てが僕のものになる。
僕だけのものに。
それは、何て甘美な誘惑だろう。
「う゛ぅぅ………」
更に指先に力を込め、恍惚とも呼べる表情を浮かべたまま苦痛の声を漏らす彼の下腹を見下ろすと、そこは確かに形を変えていた。
きっと下履きの中は彼の溢した先走りで滑るほどになっているに違いない。
そうしてこの指に更に力を込めて彼の息が止まる一瞬、そこは弾け、躍動し、大量の熱を吐き出すのだ。
彼の小さな尻に敷かれた僕の熱もまた同じ。
それから空が白むまでずっと、僕たちは貪るように互いを求め合い、気を遣り続ける。
そんな関係をもうずっと続けている。
互いに依存し合い、互いの存在を確かめるような行為に走るこの衝動を、変質的と言うのだろうか。
それでも求めずにいられないのは、きっと僕たちの実体が存在しないからだ。
逸話も謂れも歴史もある。
しかし本体は行方知れずで存在しているのかすら分からない。
この身を得て、この世に顕現していながらその実体は無い。
まるで濃紺の闇に浮かぶ朧の月のようだ。
実体の無い、僕たちそのものが朧。
それが------------僕と彼だ。
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